★スティル男爵家にて⋯⋯
それから月日が経ちロットバリーは14歳になって来年は学園に入学することになった。
2年間は王立学園の普通科に3年になったら魔法科に進む事になっている。そんな時魔法省の上司からロットバリーに婚約の打診が入る。
お相手は上司の縁戚の娘だった。 同じ頃にもう一つ話しが来た、前マリソー侯爵からだった。 彼の方は自分の孫との打診だった。双方の話しを聞いてメリーナの興味を引いたのはティアナの方だった。
彼女の身の上も不憫だったが、ネックはティアナの父親がクロード・トラッシュだったからだ。彼は魔法省には所属していなかったが、魔力持ちの中でも有名な男で、当時魔力量では右に出るものはいないと言われる程の青年だった。
不慮の事故で亡くなったと聞いていたが事実は小説より奇なりとんでもない話だった。あたら才能に恵まれた若者がまさかの痴情のもつれで亡くなっていたとは夢にも思わなかった。
ティアナは魔力なしだと聞いたが遺伝子はクロードだ、だったら自分の息子との間の子供はどんな魔力量なのだろう。
そう考えたらもうメリーナは止まらなかった。 魔力なしの子供が生まれたとしても別にいい、ダメ元でくっつけてみようと思いついた。だがここで魔法省の仕事が多忙を極め、話しを貰って半年経った頃ティアナは子爵家の養女になってしまった。
マリソー侯爵家は格上でもあちらからの話だから問題なかったが、子爵家だとメリーナよりも格上になる。
前マリソー侯爵に口利きを頼もうかと思案していた所に、ティアナの事故の報告が子爵家に潜伏させていたメイドより入った。そして病院での一件だ。
まさかリサリディが病院に来ているとはメリーナは思っていなかった。
子爵家の執事と話すつもりで病院に赴いていたからだ。捨てた娘の見舞いに来るとはプライドの高いリサリディの行動がよくわからぬまま、打診すると断られた。
だが一縷の望みもあった。
一度捨てたのはティアナを厄介払いした結果だと知っていたからそのうち持て余す筈だから、いつかきっと手放すだろうと思っていた。その時にまた話そうと思っていたらあちらから早々に手紙が来るとは⋯彼女のプライドはどこへ行ったのだろうと逆にリサリディが心配になったが、まぁそんな事はメリーナには関係ない。
超特急で迎えに行こう!
◆ 「初めましてメリーナ・スティルと申します。男爵を賜っておりますの。此方が息子のロットバリーです、ティアナ様どうぞよろしくお願いしますね」今朝突然母であるリサリディから婚約者が来ると聞いたばかりのティアナは、あれよあれよという間に着飾られ昼前には庭の四阿でお見合いさせられた。
初めて見る婚約者のロットバリーはサラサラの金髪で目はとても綺麗な|琥珀色《アンバー》の美少年。
背がものすごく高くて立ったままだと首が疲れるほどだった。母親であるメリーナもとても綺麗な方でティアナは緊張で、メイドの入れてくれたお茶を何度も口に含んだ。
「ロットバリーです、ティアナ嬢これからよろしく頼むね。ティアナと呼んでもいいかな?」
「⋯は⋯い。あのティアナです、よろしくお願いします」
ティアナは子爵家との養子縁組が解消されたと知らないので、家名は何方を名乗れば良いか解らず取り敢えず名前だけ名乗った。
其れでも二人はにこやかに微笑んでくれてティアナの緊張はだいぶ解れてきたのだが、メリーナがリサリディと話しがあると言っていなくなり二人になってしまった。「ティアナ庭を案内してもらってもいいかな?とても綺麗な庭だね」
「は⋯い」
ティアナは焦ってしまう、何故ならティアナこそこの庭には立ち入ったことが殆ど無いのだ。
ここの庭は妹がよくリサリディとお茶をしている場所で、妹に近づいてはいけないと言われていたティアナはこの庭を眺める事も散歩することも殆ど無かったのだ。(如何しよう、今はどんなお花を植えてるのかしら?ちゃんと案内できなかったら如何すればいいの?)
ティアナの不安が顔に出たからだろうか、ロットバリーが声をかけてくれた。
「俺は花にあまり詳しくないから⋯名前とか知ってるのだけ教えてくれればいいよ。後で忘れてしまっても怒らないでね」
ウィンクしながら軽口で和ませてくれるロットバリーにティアナはとても好感が持てた。
そして二人で色とりどりの花を眺めながら、お互いの好きな物や嫌いな物をロットバリーのリードで言い合いティアナの人生で初めて楽しく散歩ができた。
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マリソー侯爵家の執務室ではリサリディとジョルジオ、そしてメリーナで婚約の手続きが結ばれていた。「婚約が白紙になっても彼女は此方で引き取るつもりはありませんから」「貴方!」ジョルジオの言葉にリサリディはショックを受ける。そんなにも自分とクロードの事がジョルジオを傷つけてしまったのだろうか。だがそれ程までに自分を愛してくれているのだと嬉しさもあった。だがメリーナの見解は違っていた、ジョルジオはクロードへのコンプレックスからティアナを虐げていると感じたからだ。おそらくリサリディとクロードの事も嫉妬からではなく、プライドの問題だったのだと気付いた。(なるほどねぇ)メリーナは彼の望む言葉を紡ぐ。「えぇ解りましたわ、その点は此方で手を打ちます」「えっ?」ジョルジオは驚いた。普通こんな事を言えば、なさぬ仲の子でも子に罪はないだとか諭されたりするのに、メリーナからはそんな気配もない。しかも婚約が無くなっても構わないような口振りだ。「帰ってきて欲しくはないのでしょう?」「えっえぇまぁ」「何処かの養子にしますわ、でもそれ迄はティアナの籍はこの侯爵家でお願いしますね。無事に結婚すれば他に養子にする事もないですし、結婚で籍が抜かれればここには戻れないでしょうし、ね!」クロード・トラッシュの遺伝子は魔力持ちなら喉から手が出るほど欲しがる者は沢山いるのだ。もしロットバリーと上手く行かなかったとしても引き取り手はいくらでもある。だが今其れをされては二人の子を見たいメリーナの思惑から外れてしまう。養子縁組を取り付けるのはあくまでもロットバリーとティアナが上手く行かなかったときだけにしたい。(まぁこれを言うとジョルジオの機嫌を損ねるから今は言わないけれど、はぁ器の小さい男だわ)メリーナはジョルジオとそしてその男に惚れてしまったリサリディにも呆れていた。諸々の手続きを済ませて書類を鞄に詰めたメリーナはリサリディとジョルジオに告げる。「では私達は此れで帰ら
メリーナとロットバリーに連れられてティアナは今洋品店で着せ替え人形と化していた。二人はお茶を飲みながら先程物色した服達を一着ずつ試着して出てくるティアナの品評会をしていた。「如何かしら?」「いや此れは色違いの方が彼女の魅力を最大限活かせると思うんだ」「そう?これもなかなか似合ってるわ」「母上、歳を取って目が曇ってるんじゃない?」「なんてこと言うの!」軽口を言い合う親子を見ながらティアナは羨ましく感じていた。(いいなぁ私もお母様とあんな風に話してみたかった)少し俯き加減でそんな事を考えていたら売り子に促されて次の試着へと向かう。下着だけで体中のサイズを図られた時は恥ずかしすぎて倒れそうだった。二時間ほどその店に滞在して最後に着たワンピースを着たままで次の店に移動した。次の店はレストランだった。「あんなに着たのだものお腹が空いたでしょう、此処は偶に来るのだけれど美味しいのよ。セロリが駄目だったわよね。入ってないから大丈夫よ」そう言ってメリーナがどんどん注文した料理はテーブルの上に所狭しと並べられた。「ティアナ残していいからな、俺が片付けてやるから」頼もしいロットバリーの言葉に勇気を貰いティアナは食べたことのない料理に挑戦していった。子爵家で此れから幸せになれると思った矢先にあの事故で気持ちを突き落とされて、こんなに幸せな時を過ごせる事が出来るとは思ってなかったティアナは、子爵夫妻を思い出し泣きながらキノコのオムレットを口に運んだ。「如何したの?」メリーナの問いに答えるのを躊躇したティアナの肩をトントンとロットバリーが優しく叩いた。「お父様とお母様を思い出して⋯あっ子爵家の⋯」「⋯そう⋯優しかった?」ティアナが黙って頷くとメリーナは善良な慈悲深い子爵夫妻を思い天を仰ぐ。(いい人ってやっぱり早く亡くなるのかしらね)メリーナの根拠のない思いはロットバリーの元気な声に切り替えられる「大丈夫、俺も母上も優しいからね」息子の自信満々な声にメリーナは苦笑する。|メリーナ《大人》の思惑など関係なく二人には幸せになって欲しいと心からそう思った。◆スティル男爵家のタウンハウスは王都の中でも郊外の方に位置していた。メリーナ曰く普段は王城近くのアパルトマンで生活していて、此処へは滅多に帰ってこないらしい。何方にせよメリーナは魔法省
次の日は家具選びから始まりカーテン、壁紙、扉の装飾、絨毯ありとあらゆる物を購入した。ベッドと机はまだ良かったソファも泣きそうになったがなんとか堪えた、でもドレッサーを選ぶ時にティアナはメリーナに進言した。「あの⋯メリーナ様、如何かもうこれ以上は⋯」「なぁに?」「あのここまでして頂いては⋯贅沢です」「フム」ティアナはメリーナが購入していく家具達に困惑していた。まず店が高級品を扱う商会なのも吃驚したし、一番安い物でもとんでもない値段だった。しかもメリーナはティアナに「好きな色は?」とか「落ち着く色は?」とか聞くだけで商品をピックアップして選んでゆくのだ、値段など聞きもしない。そもそもティアナはこうやって買い物をするのも子爵家に養子に行くまで無かったのだ。だから今回のこの買い物も昨日も合わせると4回目だ。慣れない買い物にも吃驚しているし、子爵家に行って初めて行った買い物も本だった。こんなに高額な買い物は初めてなのだ。一つ家具が決まる度にティアナの膝は震えていた。「ティアナ、貴方はこれに慣れなければいけないわ。貴方は貴族なのよ」「⋯でも私は⋯その庶子だと言われました」「あぁ其れは事実よ、届けはそうなっているわ。でも貴方の血は紛れもなく尊い物よ。親の都合でそうなったに過ぎないの。貴方の両親は紛れもなくこの国の上位貴族なの。其れは貴方の誇りとして胸に刻みなさい。今迄の環境のせいで卑屈になる必要はないのよ」「⋯でもお祖父様やお祖母様達でさえ私は汚点だそうです」「うーん本当にそうなのかしらね」「そう言われました引き取れないと⋯」「なるほどそういう事ね」「どういう事ですか?」「少し休憩しましょう」メリーナはそう言って家具店内に常設されたカフェにティアナを誘った。因みにロットバリーは自分の部屋を改造したいらしく工務店の方に先に行っていた。メリーナはミントティー、ティアナは良くわからなかったのでメリーナオススメのマシュマロ入りホットチョコレートにした。「先ず今回の婚約の話はね貴方のお祖父様から頂いた話なのよ」「お祖父様が?」「えぇでもお話を頂いてから私が忙しくなってその間に貴方は子爵家と養子縁組をしたの」「そうなのですか」「多分マリソー侯爵と貴方のお祖父様である前侯爵の考えは同じだと思うわ。気持ちは一緒か如何かは解らないけれど
ティアナは納得してなさそうだったが買い物は早く終わらせなければ次の予定もある。メリーナはそう思い強引に事を進めた。少しの時間であったがティアナの好みを聞いた。凡そ好みとは言い難いが⋯。ティアナには主張する事が出来ないように見受けられた。まぁ境遇を思えば致し方のない事だと思ったメリーナは、必要なものをどんどんとティアナの意見を聞かずに決めていき、ティアナの膝はガクガクと笑いっぱなしであった。家具の配送などを取り決めて工務店に行くとロットバリーが待ちくたびれた顔をして店先で待っていた。「おっそーい!」膨れっ面で抗議するロットバリーは15歳とは思えないほど幼く見える。ティアナは思わず「フッ」と笑い声が溢れた。「あっ!ティアナ笑ったな!」慌てたティアナは直ぐに謝罪したがロットバリーはニカッと笑い「冗談だよー怒ってないよ」と優しく言ってくれる。その眩しい笑顔にティアナの胸のドキドキが膨らんでゆく。顔を真っ赤にしているティアナを見てロットバリーは突然胸がドキンとした。(可愛い)お茶会で会う他の女の子達と違って初々しく可愛らしいティアナにロットバリーもまた胸がドキドキトキメイた。子供達の微笑ましい遣り取りを見てメリーナの顔も綻ぶが、急がないと遅くなってしまうので二人を促した。◆ティアナが次に連れて来られたのは孤児院だった。ティアナと同じ年頃の女の子達と引き合わされて、皆と一緒にメリーナから刺繍を習う事になった。ロットバリーは外で男の子達と遊んでいる。初めての刺繍、初めて持つ糸と針。縫い物をしている姿を見た事がないティアナは、如何していいか解らずに焦っていると、一人の女の子が隣に来て丁寧に教えてくれる。その娘の名前はモリナと自己紹介された。歳はティアナと同じ歳だった。ハンカチに枠を嵌める事も初めてで少し手間取ったがなんとか嵌めることが出来た。糸を針に通すのも難しかったけれどモリナが何度も横でして見せてくれたから何とか通せた。一刺し一刺し刺して行くその作業に何時しかティアナは夢中になる。初めて刺した刺繍はティアナの「T」たったそれだけだったのにティアナは感激して涙が溢れてきた。何かを成し遂げた感覚は其れが初めての体験だったから。「ティアナ初めてにしては頑張ったわね」「⋯メリーナ様、私うっ嬉しいです」目には涙を溜め
それからのティアナの一日のスケジュールはメリーナが決めてくれた。午前中はマナーと勉学を|家庭教師《カヴァネス》から学ぶ昼食後は二時間ほど休憩の時間その後は夕食までの間、午前中と同じ様に学ぶ。夕食後はフリーだ。先ず教わったのは食事のマナーだった。子爵家でも少しは教わったが、しっかりと教育された訳ではなかった。子爵夫妻はそんなに急いでしなくてもいいと思っていたのかもしれない。物心ついてから他者と食事を取ることが無かったティアナはスプーンとフォークしか使えなかった。ナイフで肉や魚を切るという、そんな当たり前の事も知らなかった。子爵家に行くまでは、それらは大きいままフォークに刺して齧り付いていたのだ。その様子で子爵家では予め切った物を出されていた。初めて手にするナイフとフォークの形。隣でロットバリーがお手本を見せてくれる、其れを見様見真似でやってみた。肉にナイフを入れるとスッと切れた。その感触が気持ちよくて細かく切り刻んでしまってメリーナに怒られた。その様子を笑っちゃいけないと堪えたがこらえ切れずにロットバリーは吹き出してしまった。マナーを学びながらの食事であったが、人と食べる食事。それだけでもティアナにとってはスパイスだ。食事が楽しいし料理の《《味がする》》。|家庭教師《カヴァネス》はメリーナの親友と紹介されたメリッサ夫人。彼女は5年ほど前に夫を亡くして息子夫婦とのんびり暮らしていたが、ティアナの為にメリーナが頼んでくれて住み込みで来てくれた。ティアナは貴族の子女が子供の頃から当たり前に学ぶ事を、学園入学までのあと3年で取得しなければならない。教えられるスピードはとても早かった。其れでも学ぶ事が楽しくてティアナは《《知る事》》に貪欲だった。「ティアナ勉強どうだった?」「楽しかったです」昼食後のお茶を執務室で飲みながらロットバリーとのお喋り。会ってまだ3日目だが二人は打ち解けていた。メリーナはティアナを引っ込み思案な女の子だと思っていたが、どうやら其れは環境のせいであったのだと気付いた。他者との接触があまりにも少なすぎてどう話していいのかが解らなかっただけのようだ。ロットバリーに誘われて庭に向かおうとしたティアナの後ろからメリーナが「行ってらっしゃい」と声をかけると振り向いたティアナは目をパチパチさせていた。
たったの5日ほどだったが出来たてのカップルは日々を愛おしく過ごした。全寮制の王立学園にロットバリーが旅立つ日。ティアナはハンカチを彼に手渡す。プレゼントを包むという事を知らないティアナは剥き出しで渡した。苦笑しながら受け取ったロットバリーだったが、広げるとハンカチには刺繍が施されている。「T」と「R」Rが難しかったのだろう、少し歪なその刺繍はティアナのテープだらけの指が語っていた。「あのねメリッサ夫人が、大切な人の旅立ちには心の篭ったものを送るって教えて下さったの。あの⋯気持ちを⋯沢山込めたの⋯。でもあまり上手に出来なかったからお部屋で使って。それで、あの、お勉強頑張ってね」暫しの別れの言葉を一生懸命に紡ぐティアナが愛おしくて思わずロットバリーは抱きしめていた。後頭部をメリーナに何回も叩かれたが気にしない。抱きしめながらティアナの頭を撫でて彼女を堪能する。「最初は慣れないからなかなか思うようにはいかないかもしれないけれど、なる丈帰ってくるからな、待っててくれるよね。ティアも沢山学んで!ティアなら最高の淑女になれるよ」自分で付けたティアナの愛称を呼びながらロットバリーはティアナに言葉をかけた。そうして彼は馬車に乗り込み窓から手を振って学園へと向かった。「さぁティアナお勉強の続きよ」馬車が見えなくなるまで見送っていたティアナにメリッサ夫人が声をかけると「はい」と答えるティアナの目には涙が浮かんでいた。それから数日後にはメリーナもアパルトマンに帰ったので、とうとうティアナは一人で男爵家に残された。でも本当の独りぼっちではなかった。メリッサ夫人もトーマスもミリーもいる。みんなティアナをティアナ様とかお嬢様と呼んでくれる。決して蔑んだ目で「庶子様」なんて言わない。この新しい環境でティアナは育つことになった。ロットバリーは学園の休みの日に度々帰ってきていた。帰ってきた時は庭を散歩したり、流行りの劇を見に行ったり、少し遠出をしてピクニック。婚約者として順調に恋心を二人は育てて行った。メリーナは不定期で帰ってきていたが、その度にティアナの教育状況のチェックをして満足していた。一年後には定期訪問していた孤児院で、仲良くしていたモリナをティアナの専属侍女にするべく、彼女の弟毎男爵家に引き取ってくれた。モリナもミリーに付いて侍女とし
「でも貴方にも事情があったじゃない」メリーナの告白にメリッサ夫人が庇う。ティアナは二人の遣り取りを見てメリーナが祖父の愛人だった事は本当なのだと、改めて認識した。「そんな物、いくら事情があってもしていい事と悪いことがあるのよ。私は人の道理に外れたの、もう元には戻らない。でも其れは子供達には関係ないものなのよ、其れでも社会は子供にも罪を背負わせようとするし罰を与えようとするの。でも正しく知る事で子供達も各々で考えるでしょう」メリーナはメリッサ夫人にそう言って事実だけをティアナに話し始めた。「私ね17歳である人と恋に落ちたの」そう言ってメリーナは自分の過去を話して聞かせた。「私は元は子爵家の娘だったの。でも16歳の時家が没落してしまってその人と出会った時は平民だったわ。私はその時から魔法が扱えていたから平民になっても学園には特例で通えていたの。寮も追い出されなかったし。彼と出会って恋をしてそしてそのまま結婚できると信じてたのよ」メリーナは学園を卒業して直ぐに魔法省への勤務が決まった。彼は2つ年上で同じ魔法省に勤めていた平民だった。所属は違ったけれどお互い同じ職場でもあったから直ぐに一緒に住むことになり二人の出会った記念日に入籍しようと誓っていた。その頃、魔法省の研究機関で遺伝子の研究が進み親子鑑定が出来る研究が完成した。その時に魔法省で働く者は皆サンプルとして自分の血液を保存する事が義務になった。そして彼が貴族であることが判明する。その家は公爵家だった。彼は公爵家の昔誘拐された嫡男だったのだ。公爵家は喜んで彼を迎えに来てそのまま二人は運命に引き離された。「彼は家に戻っても私を迎えに来ると言ってたの。だから待っていたんだけど⋯私の知らぬ間に他の人と結婚していたわ」「!」「ふふっ彼と奥様とそして奥様の大きなお腹を目の当たりにした時、彼は私に向かってストーカーって言ったのよ。酷いでしょう」その時のことを思い出したのかメリーナは少し顔を歪ませた。「もう諦めるしかないじゃない?でも⋯」「それだけでは終わらなかったのよ」メリーナがよっぽど辛そうにしていたからか、続きはメリッサ夫人が話し始めた。「あの男は魔法省にメリーナがストーカーだと訴えて職場まで奪おうとしていたの。其れを救ってくれたのがマリソー前侯爵だったわ。貴方のお祖父様が公爵
「でも、それなら私とロットの婚約は押し付けられたものだったのではないですか?」「何故?」「だって⋯私の事が嫌ではないのですか?メリーナ様を愛人にしてしまった男の孫なのに⋯」「うーん貴方にしてみれば複雑な気持ちよね。でもごめんなさいね過去は変えられないから謝ることしか出来ないのだけど。前侯爵夫人、貴方のお祖母様にしたら私は嫌な女だと思うし。貴方も嫌かもしれないのだけど⋯⋯」何時にない歯切れの悪いメリーナに首を傾げるティアナだったが、メリッサ夫人が「はっきり!」とメリーナに発破をかけるのが、深刻な話しをしているのに笑ってしまいそうになった。「メリーナ様、私ちっとも嫌ではないです、何か他人事のようで⋯」自分の正直な気持ちを打ち明けるとメリーナは目を見開いて、そして頷きながら続きを話してくれた。「そうか、貴方にとってはそうなのかもしれないわね」「何故、私とロットの婚約を?」「理由は2つあるの、最初に興味を持ったのは貴方のお父様の遺伝子よ」「お父様?」「えぇ貴方の本当の父であるクロード・トラッシュ公爵子息。その遺伝子を受け継いだのはこの世に貴方しかいないの」メリーナは魔法省の研究機関に長年勤めている研究者だ。本当の父の遺伝子に興味が湧いたのだろうとティアナは思った。「そしてもう一つはお金を使いたかったの」「?」「あのね貴方のお祖父様と付き合っている時と別れた時に沢山のお金を頂いたの。でも私は魔法省に務めていたからお金にはそんなに困ってなかったし、毎月頂いていたお金は別れる時に返そうと思って使わずに貯めていたのよ。それなのに別れる時までお金を渡すから、少し口論にもなったわ」「⋯⋯」「そうしたらね、話しを聞きつけた貴方のお祖母様から言われたの。お金を受け取ってもらえなかったら、其れはただの恋愛になる。夫の気持ちまで奪わないでって。お祖母様からしたら貴族は愛人を持つことに偏見はないでしょう。その一つとして捉える方が気持ちが納得できたみたいだったわ」「⋯⋯」「だから受け取るしかなかったのだけれど何となく散財する気が起きなくてね、放置していたんだけど。病院に行ったときに」「病院?」「えぇ貴方が子爵夫妻と事故にあった時、病院に行ったのよ。その時マリソー侯爵と話しをしたの。その時は断られたんだけどね」「そうだったんですか」「そう、後日お手紙
ディアナ・ルーストの処刑から半年後、二人は帰国した。|写真《父》の部屋で何時ものロッキングチェアに座り、いつものように父を見上げるティアナ。帰国前にメイナード夫人との会話を思い出す。ティアナは夫人に自分の死なない体のことを『起死回生』という魔法の事を訊ねてみたのだ。メイナード夫人はその魔法の事を知っていた。そしてそれを聞いたティアナは父の想いを知ることになった。『起死回生』という魔法は他者に自分の魔力を分け与える物だという。自分の死の間近に発動する渾身のもの。ただ人は死ぬ時にやはり自分の生を願う。それほどの力が有るならば瀕死でも治癒が使えたのではないかとメイナード夫人はティアナに教えてくれた。自分の生を反故にしてもティアナの事を思って自分の魔力を捧げてくれた父に何とも言えない気持ちがティアナに湧いて来た。ティアナが魔力を持っていたらクロードの魔力がそのままティアナに受け継がれていた事だろうと、残念ながらティアナは魔力持ちではなかった為『起死回生』のみが体に宿ったということらしい。「お父様⋯私、お父様に生きてて欲しかった。治癒が出来て生き延びる事ができるのであれば私に渡すのではなくて、治癒して生きてて欲しかった」クロードが渾身の魔法で半分はティアナへ、あとの半分で元妻を死に至らしめた事を知らないティアナは、写真に懇願するように話しかけていた。(ごめん)聞こえる声はきっとティアナの中に残るクロードの魔力から発せられているのでは?とメイナード夫人は言っていた。何故かそれが自分の腹に有ると決めつけたティアナは両手でお腹を擦り亡き父を思うのであった。──────────────帰国したティアナは学園には通わずそのまま卒業試験だけを受けて卒業した。悲しかったけれどルルーニアとはあのままだった。彼女からの手紙の返信には『ごめんなさい』と一言だけを送った。いつかマリアンヌが立ち直り回復するまでは会えないと思う。ティアナの事を恨んでいるかもしれないけれどロットバリーと少しも軋轢を生む行為はしたくない。義父であるマキシムの言うとおり無理難題を押し付けているのはサリバン公爵家なのだから。それから二人は結婚式に向けて途轍もなく忙しくなった。ロットバリーは魔法省を辞めて次期トラッシュ公爵に成るべく後継者教育にも励まなければならなかった。テ
ソルジャー王国ではメイナード公爵家の別邸に滞在させてもらうことになった。前公爵夫妻の住まいは落ち着いた雰囲気で中で働く人たちも働き者ばかりであったので、ティアナは何不自由なくその邸で過ごせていた。前公爵夫人に庭園にてお茶会に呼ばれたのだが、その庭園は圧巻の出来であった。計算しつくされたように設置されてるガゼボには過ごしやすいようにソファなども置かれている。ここへ来てティアナとロットバリーは別行動となっていた。ロットバリーの魔力解放と魔法への指導に魔力のないティアナが助けになる事も同じく学ぶ事もないからだった。ティアナは単に観光に来たように過ごしていた。だがその日々はティアナには癒やしの日々でもあった。幼い時からの精神的な苦痛や最近の洗脳による疲弊でティアナの脳も心もクタクタになっていたのであろう。何もせずにただお茶を楽しみ観劇をして、街中でショッピング。偶にメイナード公爵の幼い二人のご息女と継嗣に遊んで?貰う。それらは確実にティアナの心を解きほぐしていった。ソルジャー王国で過ごして一ヶ月が過ぎた頃、緑髪の紳士この国の王宮魔術師団長であるロバットにティアナは話があると言われた。呼ばれた部屋には現メイナード夫人のアディルとその側近であるマリーも一緒にいた。「ティアナ嬢、呼び出してすまないが⋯貴方には選択をしてもらおうと思っている」そう切り出したのはロバットだった。この国に拘束していたディアナ・ルーストの処遇が決まったそうだ。「彼女ね、全く話さなくてそのままでは証拠不十分で大した罪には問えなかったの」アディルが話してくれたのは、精神干渉は魔力残滓だけでは証拠にはあまりなり得ないそうで、それに本人の自供がくっついて罪に問われるそうだ。だがディアナはこの国に来てからも口を閉ざしてしまった。だが危険な彼女を野放しにする事も出来ないし、秘密裏に消すなんてことは王命でも他国のことだから口が出せない。だからこの国の禁術で彼女の過去を調べたそうだ。そして彼女が三人の殺害、二人の洗脳、その他にも脅迫などの余罪もあったけれど、三人の殺害という時点で死罪は確定したそうだ。「君達の国は魔法の知識はお粗末だったけれど、この国にはない技術も持っていた、今回それと引き換えにロットバリー殿に魔法の指南をする事にしたんだよ」ソルジャー王国も魔力持ちはそん
夕食後マキシムから執務室に呼ばれた。ロットバリーのエスコートでティアナはソロリソロリと廊下を歩く。昼に読んだルルーニアの手紙から元気のないティアナをロットバリーが気遣う。「ティアどうかした?」かけられた声にそっとその方を見上げる。相変わらず背高のっぽの彼は心配そうな顔でティアナを見ていた。そんな彼を見て何時もと違う感情がティアナに湧き出る。(愛おしい)好きだ、大好きだ、愛してるそんな気持ちは随分前から思っていたけれど、庇護したい程に愛おしいなんて思ったのは初めてだった。その感情にティアナは少しばかり戸惑った。(自分の感情なのに私変ね)ただロットバリーを守りたいと思ったのは初めてだった。守られていたティアナが唐突にロットバリーを守りたいと思った。ロットバリーの心配そうな顔へ向けてティアナは首を横に振った。「何でもないわ、ただあなたの事がとてつもなく好きだなって⋯」頬を染め上げロットバリーに答えていた。執務室に辿り着いた二人は顔が真っ赤なままマキシムに促されソファに並んで腰掛けた。マキシムの話しは今後の二人についての話しであった。「ティアナ、以前このトラッシュ公爵家の成り立ちについて話したのを覚えているかい?」マキシムはそう切り出した。「えぇお義父様、魔力を持つ者だけが継いでいくという事でした」ティアナの返答にマキシムは頷いて微笑みながら次代はロットバリーに継がせようと思う、そうティアナに自分の決意を話してくれた。「ティアナの行方不明に尽力してくれたソルジャー王国の魔術師団と話して、このターニア王国が如何に魔法というものを廃れさせてしまっていたか気付かされたんだ」マキシムは苦い顔をしながら話してくれたのは、以前少しだけ見かけた緑髪の紳士との話だった。そしてこの国の魔力というものが、いつからか何の発展もせずに来たことを知らされた。まさか、マキシム達を宝の持ち腐れと揶揄されたとは驚きだった。ティアナなど魔力も持ち合わせていないのに⋯⋯。「魔力というものは持っているだけでは魔法が使えないそうだ、魔力を解放しなければ何の意味もないと言われた、その方法を我々の国は知らなかったから今回のような時に対応出来ないのだと思い知らされた」「では今回のディアナ・ルーストは⋯」「あぁ彼女は魔力の解放をしていて魔法を駆使していたんだ、だ
|お父様《写真》の部屋に花を飾って久しぶりにロッキングチェアに座り壁を見上げると、何時もと変わらずクロードの微笑みがティアナに降り注ぐ。先程事件のあらましをマキシムから詳しく聞いたティアナは今尚困惑の中にいた。マキシムからの話しに無いものがきっと洗脳部分だとティアナには解ったけれど、あんなにリアルな出来事が全て魔法だった事が信じられなかった。ディアナ・ルースト彼女が自分にどんな恨みを持っていたのだろうか?その動機の部分にはまだ自供が無くて不明なのだとか⋯。「お父様⋯私」それ以上写真の父に何を話していいのか⋯言葉に詰まってしまった。そしてミランダが御見舞に来てくれて、ルルーニアからの手紙を預かってきていた。その事もティアナの心に影を落としていた。どうやらマリアンヌも洗脳されていたようだ。それもティアナよりもかなり前から、ストーカー行為自体が洗脳による物だったと知った皆は、何故か当然のようにロットバリーに救いを求めた。支えてあげて欲しいと⋯⋯。それを頑なにロットバリーが拒んでいるのをティアナに説得して欲しいと認めてあった。無神経な親友の本当の気持ち。きっとルルーニアにとって姉のマリアンヌは大事な大事な道標だったのだろう。尊敬していた姉が洗脳によって堕ちてしまった。藁をも縋る思いでティアナに手紙を送った事が文面から伺えた。だが⋯気持ちは解るがティアナの心が拒否している。「ロットの気持ち次第だけれど⋯私は⋯嫌なの。だって私以外の人を支えるロットなんて見たくないし⋯でもねお父様。マリアンヌ様は食事もしないそうなの、家族の支えではどうにもならないとルルーは言ってるの。それを無視なんて⋯出来なくて⋯でも嫌なの、私⋯どうしよう」物言わぬ父に話しかけるティアナは答えを乞うけれど返事は当然返ってこない。ただロットバリーの愛の言葉を繰り返し思い出しては弱い自分の心に刻むのだ。ロットバリーの願いを叶えるために。『先ず大前提を覚えてほしい。それを脳裏に刻んでくれ!俺はティアを愛してるんだ』(ロット⋯これが今の貴方の願いよ⋯⋯ね?)
トラッシュ公爵家にそのまま帰ってきてしまったティアナは戸惑いを隠せなかった。数ヶ月前にはそこに住んでることが日常だったのに、知らぬ場所に連れてこられた感が否めなかったのだ。一つは公爵邸にロットバリーが住んでいることへの違和感だったかもしれない。そんなある日ティアナはロットバリーに誘われて公爵邸の庭園を散策した。エスコートではなくしっかりと握りしめられた手、巷で流行る恋愛小説の中に出てくる所謂恋人繋ぎで歩く庭園は恥ずかしさと戸惑いとそしてロットバリーから醸し出される安心感。ティアナの顔は真っ赤なまま庭園の端に設置された東屋に到着する。「ティア」呼び掛ける声は前のままなのに気持ちの変化があったのはティアナの方だったのかもしれない。「ティア、ゆっくりと話しをしたかった」その言葉で、こちらに帰ってきてから彼とは話していないことにティアナは気付いた。彼の願いはティアナの死だった筈なのにと、洗脳の解けている筈のティアナはまだ混同していた。「ティアは洗脳されていたんだ、だけど俺達にはどんな洗脳だったかが解らない。そして何故君があの場所に居たのかも解らないんだ。俺達の中では君は刺されたあと公爵家で治療を行っていた。それは覚えている?」「えぇ覚えているわ」「刺したやつの顔は?」「見ていないわ、何故刺されたのかも解らない」「その時ティアは何をしていたの?」ロットバリーはティアナに質問を繰り返していた。そういえば刺された時、彼は隣国に行っていて会っていないことをティアナは思い出した。「貴方とはあの時お話していないのよね?」「そうだ、俺はサリバン公爵令嬢の件でほとぼりが冷める迄と言われて隣国に行っていたんだ」「そう⋯そうだったわ、そうよね」胸の内でそうだと繰り返しながらその時の事を思い出そうとするが、途端頭痛がしてきた。痛みに顔を顰めたからだろうロットバリーがティアナの体を気遣う。「ティア無理はしないでいい、でもこうやって記憶を手繰る事こそが洗脳を解く鍵なんだ」「そうなの?」「あぁ洗脳は脳に干渉する、無い筈の記憶を植え付けるから解いてもそこに残ることがあるらしいんだ、だからこそ解いたあとにケアしないとそれがそのままティアの記憶にすり替わってしまうんだよ、解いたのに解けてない、それほど危険な魔法なんだ」「あっという間に解けるのではなくて?
お祖父様の何かしらの関係のあるメリーナ・スティル女男爵。その方の名前を頂いた私は祖父にとってどんな存在だったのか?代わりなのか、それとも憎々しい相手を忘れることのないよう自分を戒めるために付けたのか。まぁ今更考えてもしょうがない。私が取り戻したいのは幼い頃に母が優しく呼んでくれた“メリーナ”という響きを渇望しているからだ。ある日お祖父様に呼ばれて冊子を一冊テーブルに投げられた。「此処へ行け」一言で終わる会話。会話とは一言では成立しないのに我が家の会話はいつからかこうなった。それもこれもあいつに会ってからだ。空気の重い公爵邸、何時しか私の住むそこが公爵家の領地に建てられたものだと知る。弱い母には悪いけれど逃げられるのなら逃げたくて祖父に言われて可能な限りの最短で女学園の寮に移り住んだ。幼い頃に会った事のあるユアバイセン侯爵家のナタリーヌは始め私を見下していた。公爵家といえども王都にいる《《分家》》よりも力のない名ばかりの公爵。父をそう揶揄して私を馬鹿にした。私は魔法を開花してその頃には色々な魔法を自分で調べて使えるようになっていた。その夜私は彼女の部屋に転移して首を絞めた。鍵のかかった部屋に突然現れた私に慄き尚且つ絞首された彼女は私への絶対服従を誓う。笑いが止まらない。魔法さえあれば私は唯一だ!祖父が何の意図で此処に私を送ったのか暫くは気付なかった。学園が始まるまでの余暇で彼の男爵家に様子を見に行くとそこに住む可愛らしい私と同じくらいの少女が目に入った。丁度馬車に乗り込むところだったので後を付けると二人はデートしていたようだ。呑気なものだロットバリー!ターゲットを観察する、私には手足となって働く男手がない。それを見つけることも急務だった。ナタリーヌに男爵家を調べさせた。その少女はロットバリーの婚約者だった、そして彼女は女学園に入学予定。祖父が何を私に求めているのかが解った。解ったけれど言いなりになるのに少しだけ時間を擁した。葛藤したが結局は彼女を苦しめることがロットバリーを苦しめることだと思い、ターゲットを彼女に絞った。名前も気に食わなかった。祖父の気分で変更された名前、一文字だけ違うそれが何とも歯痒かった。メリーナの時は同じにしたのに何故この女の時は一文字違ったのか⋯それが呪縛のように感じた。お前
★side ディアナ・ルースト──────────────お祖父様のやってる事は私には理解の範疇を超えていた。まだ子供の私に何をさせたかったのかは今尚知る由もない。彼はもうとっくに鬼籍に入ったからだ。でも私達の苦しみは彼が死ぬまで続いた。幼い私にお祖父様が厳命したのは彼へ付かず離れずで近づく事。今考えてもそんなの8歳の子供にさせようとしたお祖父様がおかしい事は明白だけれど、その時の私は鞭で打たれるのが怖くてそれに従っていた。はっきりとした顔合わせはユアバイセン侯爵家の茶会でだった、その時に名乗った。それからも色々なお茶会で会うたびに挨拶はするけれど特段親しくならない様にしていた。ただお茶会の時には王都に来れるのでそれはとても嬉しかった。そんなある日激昂したお祖父様に叱責される。片手には鞭が握りしめられていた。12歳になっていた私は幾度となく鞭打たれる母を見せられていたから、手に握られた《《それが》》普段と違う鞭だと気付いていた。普段私を叱責する鞭は短めの細い物だ。長く撓るそれは《《母用》》の物だ。何度も何度も大声を出しながら打たれた。顔を避けているのは意識が朦朧としながらも解った、お祖父様の鞭打ちながらの言葉でどうやら縁談を断られたのも解った。断られた縁談の罰が私に向かうのは理不尽だと思ったけれどそんな事が通用する人ではない。黙って打たれていたけれど何時しかもう何も私の目には映らなかった。目が覚めた時には汚い床に転がされていた。痛くて痛くて腕に残された鞭の後を手で撫でながら治ってと祈ると手から光が溢れた。そしてその部分が治ったのだ。その時に初めて魔法が使えた。何故かなんて解らない、突然使えるようになった魔法は私の中でこの歪な生活が終わる事の出来る物だという希望を生んでくれた。「これは隠さなくては⋯⋯」手を翳して祈るだけでは駄目だった。治ったのをイメージする事で光が発動する事がわかる。特に痛いところだけ治して後は放置した。傷だらけの私が治療もせずに治れば怪しまれると思ったからだ。生き延びるまで何としても隠さなければ。そして私はこの理不尽な仕打ちにロットバリーという人物を呪った。あいつが縁談を断らなければこんな事にはならなかった。首尾よくできなかった父の代わりに母が鞭打たれただろう事も予想していた。祖
★side ディアナ・ルースト※一人称で進みます──────────────私の記憶の初めは“音”だ。ピシッピシッ!としなり、打ち付ける鞭の音。母様が父様に打たれる音私はその音をお祖父様の膝の上で聞かされる。私の家は公爵家だけど王都には住んでいなかった、それがおかしい事に気付かされたきっかけは使用人のコソコソ話しだった。「お嬢様に縁談の話しが来たそうよ」「えっ?こんな所に?」「それが今、24歳のほら⋯問題起こした⋯」「あぁ問題起こした息子に、捨てられた公爵家の娘を充てがうのね。それって⋯」「そうよ子孫さえ残せばいいってね」「まぁこの《《分家》》の公爵家が残されてるのもその為だものね」この使用人の話しを聞いたときの私は6歳でその時はおかしいとは思わなかった。ただ耳には残っていた。私の横で一緒に聞いていた乳母の繋いだ手に力が篭ったから痛くて覚えていたのかもしれない。この話しをしていた使用人は後日死んだと聞かされたのだけど大人になって始末されたのだろうと思い至った。歪な公爵家で育てられた私は年に数回だけ領地から王都に行けるときがあった。彼に初めて会ったのは私が8歳の時だった。王都には沢山の店が並んでいて滅多に来れない私はワクワクしながら店を物色していた。お祖父様と連れ立ってその洋装店に入って試着室で採寸をしてもらっている時に、店の中で待っていたお祖父様がその試着室に突然入ってきた。採寸している針子と私に「しっ」と言いながら人差し指を口元に充てて怖い顔をしていた。吃驚して呆然としている私達を尻目に、お祖父様はそっとカーテンを少しだけ開いて店内の様子を伺っている。その開いた隙間から私も店内を覗いてみた。そこには綺麗な女の人とその人に連れられて来ていた綺麗な男の子が立っていた。女の人は店員と話していて男の子は退屈なのか珍しいのかキョロキョロと店内を眺めている様子だった。その時一瞬目が合ったと思った。でも直ぐ反らされてその子は此方から後ろ向きになる店内に置かれたソファに座ってしまった。結局お祖父様はその人たちが居なくなるまで試着室から出なかった。会いたくない人なのかなと思ったけれど、その人たちが出た後、凄い勢いで私を置いて店を出てしまったから私は唖然として、そして途方に暮れた。採寸の続きをされていてもこのまま迎えに来な
路肩で待機していた迎えの馬車に乗っていたのはマキシムだった。久しぶりに見る義父は離れる前に見た時よりも歳をだいぶ重ねたように見えた。未だロットバリーに抱きかかえられたままのティアナは馬車に乗り込む時もそのままだった。「あっあのもう降ろしてください」「⋯⋯」ロットバリーはただ何も言わずに馬車の中では目を閉じたままだった。縋るように義父を見たが、彼は黙って呆れるようにロットバリーを細めで見つめてから、溜息をつきながらティアナに向けて首を横に振る。この状態が何時まで続くのか、そして自分を《《嫌っていた》》二人が何をしにこの海辺の|キャリバン領《街》に訪れたのか。そして⋯自分は何故彼に抱かれているのか?さっぱり解らぬティアナは何時しか考えるのを放棄して目を閉じた。暫く馬車で走って次に降ろされたのは大きな邸だった。客間と覚しき部屋へロットバリーに抱えられたまま連れて行かれ、その部屋の椅子に座らされた。そこには緑髪の壮年の紳士が白いマントに身を包み待っていた。座らされたティアナにいくつかの質問をしたのだが、答えるのを憚る質問にも関わらずティアナの心に反して口は滑らかに答えるのだった。そのうち彼の手から光が発せられたのまでは覚えているが、その先は猛烈な眠気に襲われてティアナは意識を保てずに目の前が真っ暗になった。──────────────「間違いないですね」緑髪の男ロバットが口を開く。「解除は出来ますか?」「それは簡単に出来ますが、その間の記憶が洗脳だった事を解くのは精神的に本人に辛い目を合わせますよ。恨み妬み嫉み。洗脳で容れられてしまった記憶を洗脳だと認識するには周りの人の献身が一番の薬です。解除の後のフォローはお二人に掛かっていますが忙しいからとお座なりにしないで頂きたいのですが⋯⋯大丈夫ですか?」ロバットの懸念はロットバリーに向けられる。「サリバン公爵令嬢は家族に任せればいい、俺の家族はティアナだけだ」ロットバリーの言葉にロバットは「ふぅ」と一つ溜息を付いてマキシムを見る。マキシムはその瞳に気付き苦笑して頷くと、それを見たロバットが「解りましたよ」そう言いながらティアナの頭に手を翳し始めた。その手から放たれる黄色い光がティアナの頭に靄をかけて、暫くの時間ロットバリーとマキシムは固唾を飲み見守るのだった。ティアナが目覚めて